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未知なる時空を訪ねる旅の途中でめぐり逢った不可思議な風景と出来事

信州つれづれ紀行 / 時空の旅
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信濃追分からの浅間山 / 長野県北佐久郡軽井沢町追分
あの風景との遭遇
 2018年1月、信濃追分を愛した堀辰雄や立原道造が眺めた浅間山を眺めたくなった私はこの地を訪れた。 だが当時の面影は何処かに隠し去られ、その姿を眺めることはできなかった。 そして今日。 どうやらその風景らしきものに出逢うことができた。 堀辰雄や立原道造が逍遙した 「あの道」 とは 「この道」 ではあるまいか? 立原道造が描いた 「はじめてのものに」 や 「のちのおもひに」 や 「夢みたものは」 に登場した 「あの風景」 とは 「この風景」 ではあるまいか?
はじめてのものに
ささやかな地異は そのかたみに
灰を降らした この村に ひとしきり
灰はかなしい追憶のやうに 音立てて
樹木の梢に 家々の屋根に 降りしきつた

その夜 月は明(あか)かつたが 私はひとと
窓に凭(もた)れて語りあつた(その窓からは山の姿が見えた)
部屋の隅々に 峡谷のやうに 光と
よくひびく笑ひ声が溢れてゐた

── 人の心を知ることは ・・・ 人の心とは ・・・
私は そのひとが蛾を追ふ手つきを あれは蛾を
把へようとするのだらうか 何かいぶかしかつた

いかな日にみねに灰の煙の立ち初(そ)めたか
火の山の物語と ・・・ また幾夜さかは 果して夢に
その夜習つたエリーザベトの物語を織つた
のちのおもひに
夢はいつもかへつて行つた 山の麓のさびしい村に
水引草に風が立ち
草ひばりのうたひやまない
しづまりかへつた午さがりの林道を

うららかに青い空には陽がてり 火山は眠つてゐた
── そして私は
見て來たものを 島々を 波を 岬を 日光月光を
だれもきいてゐないと知りながら 語りつづけた ・・・・

夢は そのさきには もうゆかない
なにもかも 忘れ果てようとおもひ
忘れつくしたことさへ 忘れてしまつたときには

夢は 真冬の追憶のうちに凍るであらう
そして それは戸をあけて 寂寥のなかに
星くづにてらされた道を過ぎ去るであらう
夢みたものは
夢見たものは ひとつの幸福
ねがったものは ひとつの愛
山並みのあちらにも しずかな静かな村がある
明るい日曜日の 青い空がある

日傘をさした 田舎の娘らが
着かざって 唄をうたっている
大きなまるい輪をかいて
田舎の娘が 踊りをおどってる

告げて うたっているのは
青い翼の一羽の小鳥
低い枝で うたっている

夢見たものは ひとつの愛
ねがったものは ひとつの幸福
それらはすべてここに ある と

2018.12


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