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未知なる時空を訪ねる旅の途中でめぐり逢った不可思議な風景と出来事

信州つれづれ紀行 / 時空の旅
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信州の鎌倉をゆく / 中禅寺薬師堂 / 長野県上田市前山
優しき願い
 晩秋の候。ふと想起した信州の鎌倉と呼ばれる塩田平にたたずむ古寺への思いやまず訪ねることにした。中禅寺と前山寺は塩田平を俯瞰する独鈷山(1266m)の北山麓に位置する。中禅寺には信州最古の木造建築といわれる「薬師堂」が、前山寺には未完成の完成の塔と呼ばれる「三重塔」が時空を貫いて静かにたたずんでいる。ともに国の重要文化財に指定されている歴史的建造物である。
 まずは中禅寺に向かった。穏やかな陽射しをあびた境内が気持ちよく迎えてくれる。流れる空気は清澄にして豊か、閑散とはしていても寺域はチリひとつなく掃き清められている。背後には弘法大師が密教の法具である独鈷をその山頂に埋めたとされる独鈷山の急峻な岩峰が間近にせまっている。それを証するかのように中禅寺、前山寺とも真言宗智山派の寺である。
 中禅寺薬師堂は方三間の阿弥陀堂であり、萱葺屋根の頂には宝珠が乗り、堂内には須弥壇が設けられ、台座の上には座した薬師如来がまつられている。このような形式は平安時代の終わり頃のものであり、岩手県平泉の中尊寺金色堂は、その代表例とされている。約八百年前の息吹がささやかではあるがここ信濃の片隅にも今なお続いているのである。
 薬師堂にカメラを向けるとどこか遠くから来たのであろうか夫婦と思われる参拝者が堂前で手を合わせている。周囲にはこころ優しき気配が漂っているようであった。
2015.11

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