Linear ベストエッセイセレクション
高原へいらっしゃい
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懐かしき時代の面影
2013年2月 / 八ヶ岳高原ヒュッテ / 長野県南佐久郡南牧村海ノ口
 昨年(2012年)4月に、この地を訪れた私は以下のように書いた。

 このホテルには遡る34年前に来たことがある。 勤めていた会社の仲間と2台の車に分乗して八ヶ岳高原を訪れ、ここでコーヒーを飲んだのである。 その後、歳月を隔てて幾度か訪れようとしたのだが、そのホテルは忽然として姿を消してしまっていてたどり着くことはできなかった。 雄大な八ヶ岳山麓をバックにして、霧の中に 「ぽつんと」 たたずんでいた、瀟洒なホテルの姿は今も鮮明に覚えているのだが、道順はおろか位置さえも 「おぼろとして」 浮かんではこなかった。 1台の車は私が運転していたはずなのだが ・・・。
 そのうち、あのホテルは 「あの時にだけ存在していた」 と思うようにして、やがてはたどり着くことをあきらめてしまっていた。 そんなある日、「八ヶ岳高原ヒュッテ」 のことを知った。 形は似ているものの、あの雄大な八ヶ岳山麓をバックに 「ぽつんと」 たたずんでいた瀟洒なホテルの姿とは一致しない。 だがそのホテルを舞台にして 「高原へいらっしゃい」 というテレビドラマが制作されたという添え書きを読んで、あの時、仲間の 1人が 「このホテル、テレビドラマに出たんだよな ・・」 と言っていたことを思い出した。 やはり、このホテルに違いないと思いさだめ、雪解けを待って、この地を目指した。
 近くの八ヶ岳高原ロッジの従業員に場所を教えてもらい、ようやくこのホテルの前に立つことができたが、それでもまだピンとこない。 だがしばらくたたずんでいて、あることに気がついた。 つまり、34年間に渡ってホテルは 「変わらずに」 ここにたたずんでいたのであろうが、ホテルを取り巻く環境は 「変わってしまっている」 という 「あたりまえのこと」 に思いが至ったのである。 ホテルの周りは、今や樹木が高く生い茂り、「自然郷」 と銘打たれた別荘地には、いくつもの建物が造られ、かって私が見たホテルの姿を覆い隠してしまっていたのである。 それらの覆いを一枚一枚はいでいくうち、忽然として、あの雄大な八ヶ岳山麓をバックに 「ぽつんと」 たたずんでいた瀟洒なホテルが霧の中から眼前に甦ってきた。 やはり私は34年前に 「このホテル」 の前に立ったのである。
『八ヶ岳高原ヒュッテ』
 元は侯爵徳川義親氏(尾張徳川家19代当主)の邸宅であった。 イギリス中世のチューダー様式(木造軸組工法2階建て・延床面積は799m2)のこの建物は1934年(昭和9年)東京の目白に建てられた。 設計は上野東京帝室博物館(現東京国立博物館)や日比谷第一生命館、銀座和光などをてがけた渡辺仁氏(1887〜1973)。 1968年(昭和43年)この地に移築され翌年ホテルとして営業を開始。 1976年にはテレビドラマ 「高原へいらっしゃい」 (田宮二郎・由美かおる主演)の舞台として利用された。 その後2003年には佐藤浩市主演のリメイク版が同じこのホテルを舞台にして制作されている。 老朽化が進んだ現在、宿泊機能は近くに造られた八ヶ岳高原ロッジに移され、ゴールデンウィークやイベント等が開催された際に限ってレストランのみ営業するという。
『高原へいらっしゃい』
 野辺山の八ヶ岳高原に、何度も人手に渡り経営の難しいとされた1件のホテルがあった。 物語は冬が終わろうとする頃から始まり、夏の観光シーズンまでに限られた予算内でホテル運営を軌道に乗せるべく奮闘する面川支配人(田宮二郎)と、彼が集めたメンバーそれぞれの人間模様が描かれる。 また 「ホテルを絶対に成功させる」 という面川の強い決意の裏には、面川自身の人生の再建を懸けた意味も込められている事が徐々に明らかになる。 本作では脚本担当の山田太一の手腕が大いに発揮され、社会生活における挫折や失望、そこから立ち上がるために必要な人間同士のふれあいや信頼感、そしてその狭間で揺れ動く感情の機微が出演者の好演と相まって人気作となり、終盤には高視聴率を獲得するまでに至った。
配役 / 支配人面川:田宮二郎 / 副支配人:前田吟 / コック長:益田喜頓 / ウェイトレス:池波志乃 / ウェイトレス:由美かおる / ボーイ:潮哲也 / ボーイ兼バーテン:古今亭八朝 / 雑役係:尾藤イサオ / 雑役係:北林谷栄 / コック助手:徳川龍峰 / 卸売業:常田富士男 / 面川の妻優子:三田佳子 / 優子の父:岡田英次 / 雑誌記者:杉浦直樹
『主題歌』 「お早うの朝」 作詞 谷川俊太郎 / 作曲・唄 小室等
ゆうべ見た夢の中で
ぼくは石になっていた
見知らぬ街で人に踏まれ
声を限りに叫んでいた
夜の心のくらやみから
夢はわいてくる
さめても夢は消えはしない
けれどおはようの朝はくる
ゆうべ見た夢の中で
ぼくはきみを抱きしめた
はだしのあしの指の下で
何故か地球はまわっていた
夜のこころのくらやみから
夢はわいてくる
夢には明日がかくれている
だからおはようの朝はくる
 
夜の心のくらやみから
夢はわいてくる
夢には明日がかくれている
だからおはようの朝はくる
だからおはようの朝はくる





 そして今日再び訪れたのは、その後、このホテルを舞台にした 「高原へいらっしゃい」 というテレビドラマのことを知るにつれて、若き日の田宮二郎の姿を、そしてドラマを彩った懐かしき時代の面影を、どこかに見つけ出したいという思いにかられてのことであった。

2013.02.10


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