Linear ベストエッセイセレクション
盛田昭夫の風景
Turn

タイムシフト
 「タイムシフト」とは、ソニー創業者の一人「盛田昭夫」が考案した造語である。ことの始まりは1970年代にアメリカで起こった家庭用VTRに関する「ベータマックス訴訟」に始まる。 経緯のあらましは以下のようであった。
 1976年9月初頭、ユニバーサル映画とその親会社MCAは 「これで “ コロンボ ” を見ているから “ コジャック ” を見逃すということはなくなります その逆もありません ベータマックス はソニーの製品です」 という広告代理店から送られてきたソニーの家庭用VTR 「ベータマックス広告」 のラフスケッチを手にして困惑した。刑事コジャックと刑事コロンボはユニバーサル映画配給の人気テレビ番組の双璧だった。
 やがてその困惑は、ロサンゼルス地裁への提訴に始まる8年がかりの「著作権侵害訴訟」へと変わっていったのである。
 原告のユニバーサルスタジオとウォルト・ディズニー・プロダクションの主張は以下の内容であった。
(1)映画は製作者側の著作物である。
(2)著作権を持つということは「複製の独占権」を持つということである。
(3)著作者でない個人消費者が勝手にテレビ映画を複製するのを可能にする家庭用VTRは、必然的に 複製
  権の独占の侵害、つまり著作権の侵害となる。
(4)その侵害行為を行うVTRを実際に使用した個人はもちろん、それを製造し販売するソニーは侵害行 為に寄
  与している。
 この主張がアメリカの法律で認められれば、法改正でもない限り、アメリカ市場におけるベータマックスの販売を諦めなくてはいけなくなる。 もちろん、敗れれば損害賠償金も支払わなくてはならない。 前者は特に困る。家庭用VTRの将来が摘み取られてしまうかもしれない。 裁判は莫大な費用と時間、そして人々のエネルギーがいる。 しかし、盛田率いるソニーは受けて立った。 それはソニーだけでない世界の電子産業全体の将来にとって重要な訴訟であった。
 ソニー側の反論における中心理論となり裁判上の「キーワード」になったのが冒頭の 「タイムシフト」 という概念であった。
 ソニー側が掲げた主張は以下の内容であった。
(1)家庭用VTRは、一般大衆が受信機を持ってさえいれば、本来見られる番組を、単に時間帯を変えて見られ
  るようにしているに過ぎない、つまり「放送の延長」であり「複製」ではない。
(2)さらに公衆の電波はより多くの人に情報を伝達するために与えられた公衆の資産である。そこに情報を乗
  せた以上は、多くの人に情報を伝えるための道具であるVTRの存在も認めるべきである。
 この「世紀の裁判」の帰結は、連邦最高裁判所の9人の審議判事による「5対4」というきわどい勝訴をソニーにもたらして終幕した。
 盛田が悩みに悩んだ末に考え出した「タイムシフト」という概念は哲学的思考をも含んだ圧倒的な説得力を発揮した。 もしこの概念に行き着かなければ、おそらくソニーは敗訴していたであろう。 それほどに原告の主張は反論不能な論理的正当性を具備しているようにみえたのである。 かかる万事休すの事態に「タイムシフト」という起死回生の概念を見つけ出した盛田昭夫というビジネスマンは、やはり天才的な日本人であった。
 盛田の主張を私なりに解釈すれば 「VTRは本来その番組を見る時間には見ないで、別の時間へ移動させて見ているだけであって、番組を2度見ているわけではない。 1度しか見ていないのであるから複製(コピー)にはあたらない」 とする主旨であろう。 複製の概念を根本から論理反転させる明快な論理構成となっている。 その後のソニーの躍進を考え合わせれば 「この一撃をもって」 グローバル企業に向けての基盤が固まったといっても過言ではない。
 裁判のために渡米、長期間の悪戦苦闘を経て、ついにかかる概念に行き着いた盛田は、宿泊していたホテルからひとり、先進国家アメリカの大都会の夜景のまたたきを眺めながら、このうえない感動にうちふるえたことであろう。 それはまた敗戦から立ち上がった男たちの悲願であった 「メイドインジャパン」 が確立された瞬間でもあった。
 時は1984年、懐かしき「盛田昭夫の風景」である。

2017.02.19


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