Linear ベストエッセイセレクション
植木等の風景
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そのうちなんとかなるだろう
 植木等は高度経済成長時代の1960年代に一世を風靡したコメディアンである。当初は「ハナ肇とクレージーキャッツ」のバンドマンの一員としてギターを弾いていたが、植木を比類なき大スターにしたのは数々の娯楽映画で演じた底抜けに楽天的で明るいそのキャラクターであった。「ニッポン無責任時代」で演じた「無責任男」をはじめとして、その「はちゃめちゃ」な人物像は爆発的な人気を博した。その中で使われたギャク、「お呼びでない? お呼びでないね こりゃまた失礼いたしました!」、「分かっちゃいるけどやめられない」 ・・ 等々は今も褪せることなく輝いている。
 だが植木の性格は演じた役柄とは正反対の自他共に認める真面目な性格であった。その真面目さのいかなるかはインタビューに答えて語った以下の述懐に顕れている
 ・・・ そんな真面目な性格であったから「スーダラ節」の楽譜をはじめて渡された時には「この曲を歌うと自分の人生が変わってしまうのでは」と真剣に悩んだ。父親に相談すると「どんな歌なんだ」というからスーダラ節を歌ってみた。父は真宗大谷派の住職であり、厳しい正義感の持ち主であったから、あまりにふざけた歌詞に激怒されるに違いないと思っていると、父は「すばらしい」と涙を流さんばかりに感動してくれた。唖然としながらも理由を尋ねると 「この歌詞は我が浄土真宗の宗祖、親鸞聖人の教えそのものだ 親鸞さまは90歳まで生きられて あれをやっちゃいけない これをやっちゃいけない ということをみんなやっちゃった 人類が生きている限り この “ わかっちゃいるけどやめられない ” という生活はなくならない これこそ親鸞聖人の教えなのだ そういうものを人類の真理というんだ 上出来だ がんばってこい」 と諭された。 それでスーダラ節を唄うことを決意したんだが、その言葉は生きていく上で生涯の支えになっているよ ・・・
 ちなみに植木は在学した東洋大学では陸上競技部に所属した陸上選手で、高校時代には100mを11秒4で走ったという。あの軽快な動きはそのあたりに帰因しているのかもしれない。晩年になると本来の真面目な性格を活かした性格俳優へと転じ、東京宝塚劇場では棋士、坂田三吉を好演した。 享年80歳、2007年3月27日にこの世を去っている。
 私にとっての名セリフは「そのうちなんとかなるだろう」である。 現代の社会世相を反映するとともに、その中で今日も苦悶する人々のために天国から語りかけている 「だいじょうぶ 何とかなる」 と ・・・。
「だまって俺について来い」 作詞 青島幸男 作曲 荻原哲晶
ぜにのないやつぁ 俺んとこへこい
俺もないけど 心配すんな
みろよ 青い空 白い雲
そのうちなんとかなるだろう

彼女のないやつぁ 俺んとこへこい
俺もないけど 心配すんな
みろよ 波の果て 水平線
そのうちなんとかなるだろう

仕事のないやつぁ 俺んとこへこい
俺もないけど 心配すんな
みろよ 燃えている あかね雲
そのうちなんとかなるだろう
 唄いながら路上の人々の肩をたたき、笑いながら右に左に跳ぶようにして、空の彼方へ遠ざかっていった植木等の姿が今も脳裏に甦ってくる。

2017.02.02


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