Linear 未知なる時空を訪ねる旅の途中でめぐり逢った不可思議な風景と出来事
知的冒険エッセイ / 時空の旅
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一隅を照らす
 比叡山延暦寺を開創した伝教大師、最澄の教えは法華経を深く探求するところから始められた。釈迦の教えをまとめた「教典」の数は、84,000 あるといわれる。法華経は釈迦の晩年8年間で説かれた釈迦の集大成の教えである。 その内容は28章に分かれていて、あらゆる仏教のエッセンスが凝縮されている。 「誰もが仏になれる」 という大乗思想の根本教典でもある。 最澄はその法華経の中から 「照千一隅」 の字義を見いだした。最澄はその 「照千一隅」 を 「一隅を照らす」 と簡潔に表現したが、本来は 「一隅を守るは千里を照らすなり」 という意味で、 すべての人がそれぞれの分野で全力を尽くして生きて行くことが、結局は国全体を照らすことになるという教えがその解釈である。 最澄は万民にわかるように 「一隅を照らす者は国の宝である」 と意訳したのである。 だが、釈迦と最澄の字義は等価的で同意である。
 以下の表現もまた本質的には同意であろう。
「1人を救う者は世界を救う 世界を救おうとしたら1人も救えない」
 1100名のユダヤ人をアウシュビッツ送りから救った実在のドイツ人、オスカー・シンドラーを描いたスピルバーグ監督の映画 「シンドラーのリスト」 の中で使われた 「1人を救う者は世界を救う」 の箴言に私が後半の言葉を付加して完成したものである。
「置かれた場所で咲きなさい」
 置かれたところこそが、今のあなたの居場所なのです。 時間の使い方は、そのままいのちの使い方です。 自らが咲く努力を忘れてはなりません。 雨の日、風の日、どうしても咲けないときは根を下へ下へと伸ばしましょう。 次に咲く花がより大きく、美しいものとなるように。 心迷うすべての人へ向けた、国民的ベストセラー。 著者の渡辺和子はキリスト教カトリック修道女。 学校法人ノートルダム清心学園理事長。 北海道旭川市生まれ。
「この世界の片隅に」
 こうの史代の同名漫画を原作とする長編アニメーション映画。 2016年公開。 昭和19年に広島市江波から呉に18歳で嫁いだ主人公すずが、戦時下の困難の中にあっても工夫を凝らして豊かに生きる姿を描いている。
「アトランタに生まれ、アトランタに死す」
 世紀のベストセラー 「風と共に去りぬ」 を書いたマーガレット・ミッチェルの墓碑銘。 1900年11月8日、ジョージア州アトランタ市に生まれたミッチェルは、1949年8月16日、自動車事故で亡くなるまで終生に渡ってアトランタを離れなかったと言われている。
 以上の等価的同意は私の言う 「細部は全体 全体は細部」 とする宇宙の 「フラクタル構造」 を意味するとともに、華厳経が説く 「一はすなわち一切であり 一切はすなわち一である」 とする 「ホロニック構造」 を意味する。 詳細は第999回 「華厳経に想う〜Pairpole宇宙モデルへの回帰」 を参照。
 社会から目指すべき目的と頼るべき価値観が失われてしまった現代。 人は今、何をよりどころに生きて行けばいいのか途方に暮れている。 文明の利器であるコンピュータやスマートフォン等々で盤石に備えられていても日々迷ってばかりいる。 人としての基軸がふらついていてはものの役には立たない。 最澄が説いた 「一隅を照らす」 の教えはそんな現代人に 「回帰すべき原点」 を指し示しているかのようである。
 末尾に 「道心の中に衣食あり、衣食の中に道心なし」 とする最澄の戒めを付記する。
 道心がなければ、いくら恵まれても無意味です。 道心があればこそ恵まれた心と生活になるといえます。 真剣に道を求め、その道に打ち込む人は、生活が成り立たないはずがありません。 必要最小限の衣食住は自然と備わります。 しかし、衣食住に執着し、ぜいたく三昧の生活を志向する人は、私欲に心が奪われて仕事もなおざりとなり、道心は湧いてくるものではありません。

2020.06.13


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