Linear 未知なる時空を訪ねる旅の途中でめぐり逢った不可思議な風景と出来事
知的冒険エッセイ / 時空の旅
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死んだ男の残したものは
 1人の老人が立っている。 その周りに漂っている 「風韻」 とは彼が通り過ぎてきた 「時間」 と 「空間」 が何たるものであったかを物語っている。 それは彼が生涯を賭けてこの世に残し得た 「唯一の作品」 であった。 古くなってしまったが 「死んだ男の残したものは」 という谷川俊太郎の詩が想いだされた。 それは1960年代のベトナム戦争のさなかで作られた反戦歌であった。 以下のようなものである。
「死んだ男の残したものは」
       1
死んだ男の残したものは
ひとりの妻とひとりの子ども
他には何も残さなかった
墓石ひとつ残さなかった
       2
死んだ女の残したものは
しおれた花とひとりの子ども
他には何も残さなかった
着もの一枚残さなかった
       3
死んだ子どもの残したものは
ねじれた脚と乾いた涙
他には何も残さなかった
思い出ひとつ残さなかった
       4
死んだ兵士の残したものは
こわれた銃とゆがんだ地球
他には何も残せなかった
平和ひとつ残せなかった
       5
死んだかれらの残したものは
生きてるわたし生きてるあなた
他には誰も残っていない
他には誰も残っていない
       6
死んだ歴史の残したものは
輝く今日とまた来るあした
他には何も残っていない
他には何も残っていない
 時代はめぐり今ではベトナム戦争を覚えている人さえ少なくなった。 この詩の精神はいったい何処へ行ってしまったのであろう。 だがつぶさに眺めれば豊饒に満たされた社会ではあってもその裏側の様相は当時とそれほど変わってはいない。 変わってしまったのはそれを感受する我々の心根の方なのかもしれない。

2019.07.18


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