Linear 未知なる時空を訪ねる旅の途中でめぐり逢った不可思議な風景と出来事
知的冒険エッセイ / 時空の旅
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作用と反作用〜実存とは
 「作用と反作用の法則」 については物理学を学び始める者がまず最初に教えられる基礎中の基礎である。 「手で壁を押したとき(作用)手もまた壁から同じ力で押し返される(反作用)」 はあまりにあたりまえの現象であって法則などと教えられるまでもないことである。 だがその 「深い意味」 を理解するのはずっと後のことである。
 私の物理学は高校入学と同時に信州大学の理学部を卒業して赴任してきた新進気鋭の先生の授業から始まった。 山岳部の顧問をしていて頼りになる兄貴といった風貌をしていた。 その兄貴が曰く 「街を歩いていて “ 眼をつけた ” と難癖をつけられることがあるが 難癖をつけた方もまたこちらに “ 眼をつけた” のであって 非難されるにはあたらない 作用と反作用とはそういうことです」 と。 その絶妙な例え話の中に私は得も言えぬ 「深遠な宇宙」 を感じたことを今も尚、覚えている。
 もし壁を押した手が何らも押し返されなかったとすれば、そこには物理学が土台とする物的存在がないことを意味している。 人間の 「実存」 とは、この世の津々浦々で限りなく繰り返される作用と反作用の継続によって成立しているのである。 第2次世界大戦後の世界に大きな影響を与えた20世紀最大の哲学者、ジャン=ポール・サルトルの思想は 「実存主義」 と呼ばれたが、その実存もまた否定しがたいこの 「作用と反作用」 における 「実存」 の上に構築された哲学的思想なのではあるまいか。 だがかくなる 「哲学的な実存」 よりも 「実存とは作用と反作用の継続である」 とする 「物理学的な実存」 の方が簡潔にして明瞭な気がするのだがどうであろう?
※)実存主義とは
 「実存主義」 は1945年10月、パリのクラブ・マントナンで行われたサルトルの講演がもとになっている。 この講演には多数の聴衆が押しかけ中に入りきれない人々が入り口に座り込んだほどだといわれる。 翌日の新聞には 「文化的な大事件」 として大見出しで掲載された。 その後、この講演は世界各国で翻訳出版され、時ならぬサルトル・ブームを巻き起こしたのである。
 サルトルの思想が多くの人々を魅了したのは、大戦直後のヨーロッパでは、戦前まで人々を支えてきた近代思想や既存の価値観が崩壊、多くの人々が生きるよりどころを見失っていたことによる。 巨大な歴史の流れの中では 「人間存在」 など吹けば飛ぶようなちっぽけなものだという絶望感が漂っていたのである。 そんな中で 「人間存在」 の在り方(実存)に新たな光をあて、人々がさらされている 「根源的な不安」 に立ち向かい、真に自由に生きるとはどういうことかを追求したサルトルの哲学は人間の尊厳をとりもどす新しい思想として受け入れられたのである。

2019.03.30


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