Linear 未知なる時空を訪ねる旅の途中でめぐり逢った不可思議な風景と出来事
知的冒険エッセイ / 時空の旅
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知識偏重から感性重視への転換
 第1262回 「人工知能ロボットに解雇されないために」 では、その対策として 「直観を磨く」 ことであるとした。 では直観を磨くとは 「具体的」 にはいかなることなのか?
 直観とは人間がもつ 「感性」 に依存する。 例えていえば江戸時代の国学者、本居宣長が指摘した 「もののあわれ(※)」 という日本固有の感性(情緒)を人工知能に言い聞かせても理解されることはないであろう。 そこには人工知能が得意とする論理性が含まれていないからである。
 人工知能ロボットが身につけたと自慢している 「論理性」 は人間がもつ才能の 「部分」 であって 「全体」 ではない。 人間にはそれ以外に余りあるほどの才能が潜在しているのである。 その全てを人工知能ロボットが模倣することは極めて困難であって不可能に近いことであろう。 もしそれが実現したらそれはもはや 「人工」 ではなく人間そのものである。
 我々が育った時代の 「論理と知識」 を主体にした教育と、これからの 「感性と情緒」 を主体した教育とでは天と地ほどの違いがでてくるであろう。 だが今求められる人間に対する教育とはそのようなものであろう。 それは未来での我々が 「人間としての存在意義」 を喪失しないために最重要な素養であるからに他ならない。 曰く、知識偏重から感性重視への転換である。
※)平安時代の文学をとらえる上での文学理念(美的理念)。
 外界としての 「もの」 と感情としての 「あわれ」 が一致する所に生じた調和的な情趣の世界をいう。 本居宣長が指摘したもので、その極致が源氏物語であるとした。

2018.10.11


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