Linear 未知なる時空を訪ねる旅の途中でめぐり逢った不可思議な風景と出来事
知的冒険エッセイ / 時空の旅
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映画「君の名は」に想う(5)〜共時性
 重なった世界での記憶を失った少女と少年が現在の世界で再会したときに抱いた「かってどこかで出逢ったことがあるような奇妙な感覚」とは心理学者ユングが提示した「共時性」であろう。
 私の描いた「Pairpole宇宙モデル」では刹那宇宙と連続宇宙という2つの宇宙が登場する。刹那宇宙は時間軸と垂直に断面したときに顕れる宇宙構造であり、連続宇宙は時間軸に沿って断面したときに顕れる宇宙構造である。刹那宇宙には時間が存在しないため、すべては「偶然性に支配された共時性」で語られ、連続宇宙には時間が存在するため、すべては原因と結果で構成された「必然性に支配された因果律」で語られる。
 Pairpole宇宙モデルから「君の名は」の物語を論じれば再会したときに抱いた「奇妙な感覚」とは、時間が存在しない今の今という刹那宇宙では誰しもが出逢う偶然性に支配された共時性的な出来事である。それを「偶然と考えるか」それとも「必然と考えるか」は人によって異なる。通常は偶然として処理されその感覚は束の間のうちに忘れられる。だが「君の名は」を書いた新海監督はそれを必然と考え物語を構想したのである。公開された映画「君の名は」が大ヒットとなった結果からみれば、あるいは現代はその奇妙な感覚を必然のものとする人々が多くなっているのかもしれない。
 以下のもろもろは私の周りに象出した「君の名は」にまつわる共時性についての記述である。
 映画「君の名は」に想う(1)に登場した新海三社神社を訪れた2011年6月よりも以前の2009年7月にその新海三社神社の近くにある「龍岡城」を訪れている。文中先頭で書かれた以下の記載はその折のことである。
 車載のナビで新海三社神社を目指したのであるが何のことはない信州の五稜郭といわれる「龍岡城」のすぐ近くであった。龍岡城を訪れたのは思い起こせば2009年7月のことであった。晴れた夏日の静寂の中でここだも鳴いていた「蝉の声」が記憶に残っている。
 本題はその龍岡城からの帰路に立ち寄った稲荷山公園でのことであって以下の記載は「信州つれづれ紀行 / 時空の旅」からの抜粋である。
臼田コスモタワー / 長野県佐久市臼田
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未来への意志
 佐久から野辺山に至る国道端の高台にこのロケットは発射を待って立っている。高台は稲荷山公園と呼ばれ臼田の町を360度一望することができる。何故に臼田の人々がこのような奇抜な展望台を建てたのかは知るよしもないが ・・ 眺めているうちにそこはかとなく天に向かう意思が、それゆえの「未来への意志」が感じられてきた。 ビデオカメラを向けていると突如として宇宙を奏でる音楽がタワーから降ってきた。腕時計を見るとちょうど午後3時であった。臼田の人々は何とも粋な計らいをする。
 今想えばここにしてすでに「君の名は」にまつわる共時性の萌芽が垣間見えている。
 また臼田には「JAXA臼田宇宙空間観測所」が標高1456mの山上にひかえている。小惑星イトカワを目指した探査機「はやぶさ」の通信が途絶え消息不明になったとき観測所に設置されていた直径64m(日本最大)のパラボラアンテナが「はやぶさ」からの微弱な信号を捕らえて絶望的な局面を救ったことはよく知られている。そのかいあって探査機「はやぶさ」は2010年に無事に地球帰還を果たした。
JAXA 臼田宇宙空間観測所 / 長野県佐久市上小田切
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 さらに新海監督が子供の頃によくスケートをしたという松原湖はその山裾に位置しその松原湖もまた「君の名は」では隕石の落下で壊滅してしまう町にある湖のイメージとして使われたとのことである。
 臼田から国道を西進すれば新海監督が生まれ育った小海町を経て野辺山に至る。そこには国立天文台野辺山の直径45m電波望遠鏡が日夜その目を宇宙の彼方に向けている。その野辺山から少し南進した川上村は日本人最年長宇宙飛行士、油井亀美也さんが生まれ育った地でもある。そのことを2016年3月10日 第919回「宇宙を夢見た少年」で以下のように書いている。
 宇宙飛行士、油井亀美也さんが宇宙ステーションでのミッションを終えて地球に帰還した。その油井さんが帰還後の会見の中で、生まれ育った長野県川上村での子供の頃を回想して「川上村の自然は私にとって科学の実験室であった」と話していた。川上村は長野県南佐久郡に属し、群馬県、埼玉県、山梨県との県境に位置する。全長 367 km、信濃から越後を経て日本海に至る千曲川(信濃川)の流れはこの村を源流とする。飾辞を排して言えば、山国信濃、長野県でも辺境に位置する寒村である。このような村から宇宙飛行士が誕生することそれ自体が「奇跡」のような出来事である。レタス農家に生まれた油井少年はまさにその曇りのない瞳で川上村に生起する万物事象をつぶさに観察研究したに違いない。そして夜ともなれば暗闇のレタス畑の中でひとり深夜まで望遠鏡で宇宙を眺めて飽きなかったという。そんな息子の姿を見続けてきた父はカザフスタンのバイコヌール宇宙基地からソユーズ宇宙船に搭乗して旅立っていった我が子を見上げながら「息子は宇宙人になってしまった」とつぶやいた。宇宙を夢見た少年は45年の歳月かけ日本人最年長宇宙飛行士としてその夢を実現したのである。
 ちなみに宇宙飛行士油井さんと新海監督はともに佐久市にある野沢北高校の同窓である。ともに「日本最高所を走るJR小海線」に揺られて通学したことであろう。その車窓からいかなる世界を眺めていたのかは気にかかるところである。
 以上、私の周りに象出した「君の名は」にまつわる共時性についてあれこれと書き連ねてきたが、かくなる事象が偶然なのか必然なのかの判断は本稿を読まれた皆様の判断にゆだねたい。共時性とはひとことで言えば「意味のある偶然の一致」のことである。重なった世界の間に掛け渡された時空のトンネルとしての「意識ワームホール」は思惟によって発見されるであろうことは第1159回「意識のワームホール〜思惟とは」で述べた。思惟とは意味ある偶然に導く「意味ある符号」を探す意識過程でもある。私は出逢ったその意味ある符号に導かれて「君の名は」の旅をかくこのようにたどってきたのである。

2018.01.09


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