Linear 未知なる時空を訪ねる旅の途中でめぐり逢った不可思議な風景と出来事
知的冒険エッセイ / 時空の旅
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酒場にて(1)〜千曲川
 今夜行われた歓迎会のあとであろうか 地方支店に配属された新人社員が支店長に伴われ カウンターで水割りをかたむけている。
 やがて ほろ酔いかげんの支店長はカラオケマイクを握った。 目の前にあるモニターには 五木ひろしの「千曲川」のイントロ映像が映っている。 ご機嫌に見上げながら「この曲いいだろ〜」と語りかけると あろうことか 彼は「ああ千曲川(せんきょくがわ)ですか」とあっけらかんと相づちをうった。 とたん支店長の顔は憮然としたものに変わり 眼なじりに私の気配を感じながら「千曲川(ちくまがわ)だ!」と嘆息混じりに呟いた。 おそらくこの青年の世界には 藤村の「千曲川旅情の歌」は存在しないのであろう。
 世代間格差といってしまえば それまでであるのだが 気をとり直して歌う支店長の表情には「小諸なる古城のほとり 雲白く遊子悲しむ姿が 暮れ行けば 浅間も見えず 歌哀し佐久の草笛の音色が 千曲川いざよふ波の岸近が 濁り酒濁れる飲みて 草枕しばし慰む思いが」浮かんでいるようであった。

2017.11.27


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