Linear 未知なる時空を訪ねる旅の途中でめぐり逢った不可思議な風景と出来事
知的冒険エッセイ / 時空の旅
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現在の喪失
 前回(第1091回)では「情報化社会では 情報が加工され 脚色され ときとして捏造されることで 1を1として認識しなくなる」という知行不一致の弊害について思考した。 それはまた「知の現在が 行の現在に 一致しなくなる」ことにおいても同様である。
 知は一瞬にして過去にも未来にも飛躍するが、行がいられるのは「現在のみ」である。それは単純にして明快な理の当然である。だが情報化時代は知を過度に刺激することで、この明快な理を曖昧にさせ、過去を現在に、未来を現在に、と錯覚させる。 これが昂じると、やがて現在は喪失してしまう。
 以下の記載は第228回「鬱病と分裂病」(2002.11)からの抜粋である。

 ・・・ 先日、「鬱病は過去にこだわる」ことにより発症する精神病であり、「分裂病は未来にこだわる」ことにより発症する精神病であるという話をとある精神科医から聞いた。「過去において」、こうしておけば、こうしなければ云々 ・・ と、くよくよ悩む症状が鬱病であり、こんなことをしていると「未来において」、こんな災いが襲ってくると戦々恐々、不安に苛まれている症状が分裂病であるというのだ。両病状とも「現在をそっちのけにして」実生活から逸脱してしまうことが精神病たる所以であろう ・・・

 つまるところ、知の1を行の1に一致させる「知行合一」をおろそかにすると、やがては知の現在もまた行の現在を破綻させ、ついには人間そのものを破滅させてしまう。情報化時代はさまざまな利便性を社会にもたらしたが、同等にさまざまな弊害をもたらすことも併せて考慮されなければならない。巷間、言われるごとく「ほころびは常にささいなところから始まる」のである。

2017.09.11


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