Linear 未知なる時空を訪ねる旅の途中でめぐり逢った不可思議な風景と出来事
知的冒険エッセイ / 時空の旅
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もののあはれ〜蜩の声に聴く
 あれほどの暑さもどうやら峠を越し蜩(ひぐらし)の声がこの夏に別れを告げるかのように山間から響いてくる。
 蝉は種類によって異なるが3年〜13年の期間を幼虫として地下の土の中で暮らし、とある夏に成虫となって地上に姿を現し、1ヶ月ほどの間に交尾して卵を産んでその命を終える。 地下の長い幼虫期をもって蝉の生涯とするのか、はたまた地上の短い成虫期をもって蝉の生涯とするのかは判断が分かれるところであろう。
 それはまた刹那に咲いて瞬く間に散っていく桜に似る。 絢爛と咲く桜をもってその生涯とするのか、はたまた長い風雪に耐える桜をもって生涯とするのかもまた判断は分かれるであろう。
 ロックバンド「X JAPAN」のYOSHIKI が作詞作曲し歌手の松田聖子に提供した「薔薇のように咲いて 桜のように散って」という曲がある。 そのスローバラード調のもの悲しい響きはどこか蜩が奏でる儚き音色に似て心の片隅にしみいってくる。
 「もののあはれをしる」とは かくこのようであるか。
※)もののあはれ
 平安時代の王朝文学を知る上で重要な文学的、美的理念。 折に触れ、目に見、耳に聞くものごとに触発されて生ずるしみじみとした情趣や無常観的な哀愁。 苦悩にみちた王朝女性の心から生まれた生活理想であるとともに美的理念であるとされる。 日本文化における美意識や価値観に影響を与えた思想である。 江戸時代の国学者、本居宣長は「源氏物語」の本質を「もののあはれをしる」という一語に集約させ、もののあはれをしることは同時に「人の心をしる」ことであると説いて人間の心への深い洞察力を求めた。 宣長はもののあはれをしる「心そのものに美を見出した」のである。 またニーチェやキルケゴールの研究者として知られる和辻哲郎は宣長の説いた「もののあはれ」に触れて、もののあはれをしるという無常観的な哀愁の中には「永遠の根源的な思慕」あるいは「絶対者への依属の感情」が本質的に含まれていると述べている。

2017.08.30


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