Linear 未知なる時空を訪ねる旅の途中でめぐり逢った不可思議な風景と出来事
知的冒険エッセイ / 時空の旅
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失われた街角〜猥雑さの行方
 上田の市街は幾度となく車で通り抜けてはいたが、それは上田城趾にいくための道路沿いであり、菅平へ小諸へ軽井沢へと向かうために通過する道路沿いであって、なぜか街中を遊歩したことはなかった。今回は天候もすぐれずこれといって行くところもなかったのを機にその遊歩を試みることにしたのである。中学3年までは市街から20Kmほど北に位置する山間の村に住んでいたので街区のおおよそはわかっているはずであったが、経過した歳月はその記憶をすっかり洗い流してしまっていた。その街区の中央にあったデパートは姿を消していたし、足繁く通った映画館さえその場所が浮かんでこなかった。このあたりであろうと目安で入った駐車場に車を駐めてともかくもあてどなく歩くことにした。
 ようやくにしてかっての面影がのこる「スナック」、「バー」、「居酒屋」等々が軒を連ねる「花街」とでも呼べそうな路地に行き着いた。土曜の昼下がりであったが、どんよりとした空からは雪でも降ってきそうな日和とあって通りに人影は途絶えている。それが当然のことなのか、はたまた土曜であってもこの閑散ということなのかは埒外である私にとっては知る由もなかった。電柱の住所看板を見ると「袋町」とあった。この町名にはわずかながらも記憶があった。
 それはもう20数年も前になろうか、6年間を共に過ごした小学校の同級会でのことであり、友の顔を見ても思い出せないほどに長い年月を経たのちに催されたものであった。その席でしゃきしゃきの明るさで笑顔をふりまいていたA子ちゃんが「私 袋町でスナックやっているから 皆んな飲みに来てよ」と声をかけていた。名刺を渡された私の肩をたたきながらA子ちゃんは「きっと来てよ」と口をとがらせた。いつかはいってみようと思ってはいたが、それからしばらくした風の便りで、A子ちゃんが病気で亡くなったことを知った。あのときの笑顔の裏にはその病状が隠されていたかと思うと哀しかった。A子ちゃんはこの風景の中で生きていたのか ・・ はやくいってやればよかったとの後悔といいようのない寂しさがどこからともなくおそってきた。
 今やどこの地方都市からも歓楽街の灯が消えつつあると聞く。おそらくA子ちゃんが生きていた頃とくらべたら、そのにぎわいは半分にも満たないであろう。かってあった歓楽街の猥雑さには人が生きていくためのエネルギがあった。その猥雑さゆえに、人は地下に大きく根を張ることができ、その力強さゆえに、嵐にあってもその幹は倒れなかったのである。その猥雑さが消えかかっている現代、その幹は立派にみえても、地下の根っこは矮小である。これでは少しの風でもたやすく倒れてしまうことを憂うるばかりである。
 やがて数時間もすればこの路地裏にも灯がともる。そうすれば幾ばくかのにぎわいは今日もやってくるのであろうか ・・ ぼんやりとしてたたずんでいた私の背にA子ちゃんの「何やってんのよ 命があるんだから しっかりしてよ」のかけ声が落ちてきた。
花やしき通り界隈〜青天の霹靂 / 第1038回 に続く

2017.04.04


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