Linear 未知なる時空を訪ねる旅の途中でめぐり逢った不可思議な風景と出来事
知的冒険エッセイ / 時空の旅
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自分に言い聞かせる人
 若き日のことである。私は入寮していた学生自治会の役員を負わされていた。事は寮内で起きた問題に対する抗議集会でのことである。激しい口調で抗議する質問者に向かって担当の部局長が額に汗して答えていた。部局長の横に座っていた私はどうなることかと推移を見守っていた。
 しばらくしてその部局長の彼が小声で何かを「つぶやいている」ことに気がついた。 「ここは落ち着いて ・・ 話はよく聞いて ・・ 冷静に ・・ 冷静に ・・」 自分に向かって言い聞かせているのである。そのうちにその自問のつぶやきをマイクが拾って質問者の聞くところになった。その毒気にあてられたのか質問者も苦笑いをしながら「わかりました もういいです」と矛を収めたのである。
 第1018回「世界は思いかたしだい」で「自分の思いを自在に制御できれば、その人はもはやスーパーマンである」と書いた。まさに彼は自らの思いを制御するために自らに語りかけていたのである。
 見あげた彼の顔はその言葉のように、落ち着いて、相手の話をよく聞いて、冷静であった。「すごいやつだな」と私は感嘆した。コントロールし難き自らの心をコントロールするために、彼はあらゆる方法をもって臨んでいたのである。そこにはかっこ悪さも何もなかった。その彼を私は「かっこいい」と思った。
 それから幾星霜の歳月が流れた。だが彼は人生の「スーパーマン」として、この世のどこかで、その若き日のままに、あたりに光彩を発しながら、淡々と生きているに違いないのである。

2017.03.12


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