Linear 未知なる時空を訪ねる旅の途中でめぐり逢った不可思議な風景と出来事
知的冒険エッセイ / 時空の旅
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ツァラトゥストラはかく語りき〜もって瞑すべき
 今、人々に求められているものとは何か?
 多くの人は心の内では落ち着いた生活を求めているのであろうが、外なる現実はそれとは逆の進歩、発展、成長、等々に向けた狂騒と奔走の生活である。一方で落ち着いた生活を求め、他方で奔走の生活を求めるでは、二律背反(アンビバレンツ)であって、この状態を放置して「内なる精神」と「外なる社会」の安定を同時に実現できるとは思えない。遡る130年前、かくなるアンビバレンツの深層を鋭く考察、それがもたらす未来社会の実相を的確に予測し得たひとりの哲学者がいたことは驚きである。
 以下は、その哲学者ニーチェの著書「ツァラトゥストラはかく語りき」からの抜粋である。
そのとき大地は小さくなっている。
その上を末人が飛び跳ねる。
末人は全てのものを小さくする。
この種族はのみのように根絶できない。
末人は一番長く生きる。

「われわれは幸福を作りだした」
・・・ こう末人たちは言い、目をまばたかせる。

彼らは生き難い土地を去る。温かさが必要だから。
彼らは隣人を愛しており、隣人に身体を擦りつける。温かさが必要だから。

病になること、不信を抱くことは、彼らにとっては悪となる。
彼らはいつも警戒し、ゆっくりと歩く。
なぜなら石にけつまずくもの、人間関係で摩擦を起こすものは
彼らにとって馬鹿者だから!

彼らはほんの少しの毒をときどき飲む。それで気持ちの良い夢を見る為に。
そして最後には多くの毒を。そして気持ち良くなって死んでゆく。

彼らもやはり働く。なぜかといえば労働は慰みだから。
しかし慰みが身体に障ることのないよう彼らは気を付ける。

彼らは貧しくもなく、富んでもいない。
どちらにしても煩わしいのだから。
誰がいまさら人々を統治しようと思うだろう?
誰がいまさら他人に服従しようと思うだろう?
どちらにしても煩わしいだけだ。

既に牧人さえなく、畜群だけ!
飼い主のいない、ひとつの蓄群!
誰もが平等を欲し、誰もが平等であることを望んでいる。
みなと考え方が違う者は、自ら精神病院へ向かってゆく。

「昔の世の中は狂っていた」
・・・ と、この洗練されたおしまいの人たちは言い、目をまばたかせる。

彼らは賢く、世の中に起きる物事をなんでも知っている。
そして、何もかもが彼らの嘲笑の種となる。
彼らもやはり喧嘩はするものの、じきに和解する
・・・ さもないと胃腸を壊す恐れがあるのだから。

彼らも小さな昼の喜び、小さな夜の喜びを持っている。
しかし、彼らは常に健康を尊重する。

「われわれは幸福を作りだした」
・・・ こう末人たちは言い、目をまばたかせる。
 「ツァラトゥストラはかく語りき」は、1881年の夏、滞在していたエンガティン峡谷の小さな村での散歩中に啓示を受けた「永劫回帰の思想」を熟成させて、1885年に発表した、ニーチェの代表的な著作である。ツァラトゥストラとはゾロアスター教の開祖であるゾロアスターをドイツ語読みしたものである。その文体は哲学書というよりも、小説や神話のような文体である。ツァラトゥストラは、ある時は対話し、ある時は自問自答し、またある時は詩を歌うことで、哲学の議論を読者に示唆しながら、やがて来る未来社会に登場する人間像(末人と呼ばれる)を描いている。
 物語の背景には19世紀末におけるヨーロッパの没落があり、キリスト教的な理想に代わる「超人の思想」が展開されている。山にこもっていたツァラトゥストラは「神が死んだ」ことを知り、山を下り、絶対者がいなくなった世界で、それに代わる「超人」を人々に教えようとする。だが大衆はツァラトゥストラに耳を貸そうとしない。そのため自らの思想を理解する人を探し始めるが、やがて大衆に向かって自らの思想を語ることをあきらめ、山に戻っていく。戻った山の中で、ツァラトゥストラは幾人かの高貴な人々と出逢い、その交流の中で歓喜する。 物語はツァラトゥストラが再び山を下りるところで終わっている。
 末人とは「最後の人間」とも言われ、常に安楽を求め、冒険を嫌い、憧れを持たない人々で、ニーチェが神が死んだあとに出現することを予言した人間像である。超人の対極に位置する最低の軽蔑すべき者で、ノミのように地球にはびこると激烈な言葉で表現している。
 ともあれ、末人の人間モデルがニーチェの「狂気から抽出されたもの」であるのか、それともニーチェに備わった希にみる「慧眼から生まれたもの」であるのか判断に窮するが、どこか現代人に似ていることは確かであろう。 他山の石として「もって瞑すべき」である。
末人 / 第636回
末人とは獣人か〜仁義なき戦い / 第1039回

2017.03.03


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