Linear 未知なる時空を訪ねる旅の途中でめぐり逢った不可思議な風景と出来事
信州つれづれ紀行 / 時空の旅
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佐久 長野牧場 / 長野県佐久市新子田
佐久平の黄昏
 佐久市立近代美術館がある駒場公園に隣接してこの牧場はある。かってこの美術館が収蔵する日本画家、平山郁夫の「仏教伝来」を見に来たのはいつのことであったであろうか。この絵に託した平山の強い思いを考えながら公園内を歩いていると、福島原子力発電所の放射能汚染事故との共時性に思い至った。今日、再びここへ来たのは無意識下にそのことがあったからに違いない。平山郁夫は戦時下、広島を襲った原爆で被爆、その後遺症で死をも覚悟するに至る。その中で一筋の光明を求めて描いたのが、玄奘三蔵をモデルにした「仏教伝来」であった。暗雲たれこめる空の下で見えざる放射能と闘っている東北被災地の人々の思いもまた、半世紀の時を越えて、当時の平山の思いと同じではなかろうか・・・。
 そうこうしているうちに長野牧場の撮影は日も西に傾いた夕刻近くとなってしまった。 長野牧場は馬の改良や増殖を目的に明治 39年長野種馬所として設置された。現在は、独立行政法人「家畜改良センタ」の一つとして、飼料作物種子の増殖や検査、家畜の育成などを行っている。東に浅間山を背景として104ヘクタールの耕地が広がっている。近隣住民の散歩コースとなっているらしく次々と急ぎ足で行きすぎていく。光が乏しくなった「佐久平の黄昏」は ・・・ / 暮れ行けば浅間も見えず 歌哀し佐久の草笛 千曲川いざよふ波の 岸近き宿にのぼりつ 濁り酒濁れる飲みて 草枕しばし慰む / ・・・ という藤村の「小諸なる古城のほとり」結びの一節を思いおこさせた。
※平山郁夫「仏教伝来」
 旧制広島修道中学、3年在学中、勤労動員されていた広島市内陸軍兵器補給廠で原子爆弾により被災。東京芸術大学で助手を務めていた1959年ごろ、その原爆の後遺症(白血球減少)で一時は死も覚悟したなか、玄奘三蔵(三蔵法師)をテーマとした「仏教伝来」を描きあげ院展に入選した。以降、平山の作品は仏教をテーマとしたものが多くなり、やがて、古代インドに発生した仏教をアジアの果ての島国にまで伝えた仏教東漸の道と文化の西と東を結んだシルクロードへの憧憬につながっていった。1960年代後半からは、たびたびシルクロードの遺跡や中国を訪ね、極寒のヒマラヤ山脈から酷暑のタクラマカン砂漠に至るまでシルクロードをくまなく旅した。その成果は奈良、薬師寺「玄奘三蔵院の壁画」に結実している。
2011.10

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