Linear 未知なる時空を訪ねる旅の途中でめぐり逢った不可思議な風景と出来事
信州つれづれ紀行 / 時空の旅
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横川渓谷 / 長野県上伊那郡辰野町
木地師の里
 かやぶきの館を後にしてさらに横川渓谷を遡る。やがて横川ダムに至るが、ダム湖は一面白銀に覆われて湖面は顔を出していない。路傍に車を駐め、雪が積んだダムの天端を進んだが、これといった撮影ポイントが見あたらなかった。ただひとつ、見下ろした蕭条たる河原に真っ白な「さぎ」が1羽、微動だにせず佇立している姿は印象的であった。
 さらに渓谷を遡って天然記念物「蛇石(じゃいし)」の撮影をめざす。蛇石の標識を確認して路側に停車、徒歩で斜面を下る。斜面の途中に大きなトチノキがそびえており、根元に立った案内板を読む。江戸時代、椀や盆の材料となるトチノキの群生があったこの地に、滋賀近江から木地師が移り住み、集落を営み、多いときには、20数戸が居住していたとあり、やがて度重なる伐採でそのトチノキも減少、最後に残った1本がこの大木であると言う。少し離れた高台には木地師の墓があり、かかる大木が眼下に眺められた。木地師がトチノキによせた思いの深さが偲ばれるようである。横に立った案内板の記述は、木地師の多くはこの集落を襲った流行病に斃れ、故郷近江に帰ることなくこの地で終焉をむかえたことを告げていた。生きることの哀しさが伝わってくるような故事来歴の物語りである。
 そうして撮った横川の渓流であるが、肝心の蛇石は雪に隠れてしまっていて、氷に閉ざされた無彩色の空間だけが映っている。だが軽やかな清流音は、かってこの地に住み着いた木地師のもろびとの思いを寸部もたがわず今に繋ぎ、絶えることなく渓谷にこだましている。
2011.2

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