Linear 未知なる時空を訪ねる旅の途中でめぐり逢った不可思議な風景と出来事
信州つれづれ紀行 / 時空の旅
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黒部ダム / 富山県立山町
地上の星とは
 黒部ダムに来たのは何年ぶりになるのであろうか・・・。最初に訪れたのは、石原裕次郎主演の映画「黒部の太陽」を見た直後であったから、いまだ学生の頃である。この映画は多感な年頃であった私にとって感慨深い作品であり、大きな感動を与えてくれた。今にして思えば、その後たどった私の長い技術者人生の方向性さえも決定づけた物語であった気がする。その後、社会人になってから、立山黒部アルペンルートで、この峡谷を越えて長野県側から富山県側にぬけたことがあるから、今回で3度目となる。
 映画「黒部の太陽」は、飛ぶ鳥も落ちると言われた北アルプス黒部峡谷に壮大なダムを建設するため、建設資材運搬用の隧道(トンネル)を針木岳を貫いて苦難の末に開削するという、事実にもとづいた感動のドラマである。未曾有の工事は、途中幾度も「破砕帯」という出水をともなう断層に悩まされながらも技術者たちの不撓不屈の精神で艱難辛苦を乗り越え、ついには完成する。大学出の優秀な土木技術者、裕次郎は難関を突破する起死回生の新たな工法を考え出すにとどまらず、現場の最前線に立ち、意気消沈する作業員を叱咤激励、自らも削岩機を持ち、獅子奮迅の活躍をする。私もそうであったが、当時技術者を目指す日本の若者は、誰もが裕次郎の姿に「理想の技術者像」を思い描いていたのである。技術者になりたいとは、かくこのような「現場に立ちたい」という「憧れ」と、自らの力で自然に立ち向かい「不可能を可能にする」という「夢」のためであって、今となれば不思議ではあるが、給料や待遇など、ほとんどと言っていいほどに「無頓着」であった。
 かくして時代はめぐり、今や主演した裕次郎も、それを助けた三船敏郎もこの世にない。舞台となった隧道は観光用トンネルとして、トロリーバスが16分ほどで、扇沢駅から黒部ダム駅まで乗客を運んでくれ、ダム駅の長いトンネル階段を登って展望台にでると、おそろしいほどに「巨大な空間」が観光客を迎えてくれる。眼下に息づき、満々とたくわえた清水を激しく放水する黒四ダムの勇姿を眺めているうちに、いつしか失われてしまった「あの頃の気力」が体のなかから静かに甦ってくる。気づくと、ダム駅に設置された拡声器から流れでた中島みゆきの「地上の星」が放水の音に混じって、とぎれとぎれに展望台まで聞こえてくる。そういえば、いつのNHK紅白であったか、彼女がこの黒部ダムの隧道の中から、生中継で、この「地上の星」を歌っていたことを思い出した。曰く、「崖の上のジュピター、水底のシリウス」まさに「地上の星」がここにある。
2008.10

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