Linear
未知なる時空を訪ねる旅の途中でめぐり逢った不可思議な風景と出来事

知的冒険エッセイ / 時空の旅
Turn

傷だらけの人生
 どうやら情報化社会とは「口先三寸の世界」のようである。テレビは朝から晩まで何事かを語り続けているが生活に直結しそうなものは何もない。多くは事態の憶測であり、それはまた多く捏造であり、そうでなければ創作である。人々は畑を耕すわけでもなく、物を作るのでもなく、しかして明日を考えるわけでもない。日々の生業といえば、できぬことの言い訳であり、不始末のお詫びであり、失敗の転化であり、さもなくば世に向けた嘲笑である。
 ここまで書いてふと「傷だらけの人生」のあのセリフが浮かんできた。「傷だらけの人生」がリリースされたのは、今を遡る46年前、1970年のことである。マイクにハンカチを添え耳に手を当てて唄う鶴田浩二の姿が目に浮かんでくる。「古い人間」が「今の世の中」を憂う詩は鶴田をイメージして藤田まさとが書き下ろし、吉田正が曲をつけたものである。
傷だらけの人生
 古い奴だとお思いでしょうが、古い奴こそ新しいものを欲しがるもんでございます。どこに新しいものがございましょう。生れた土地は荒れ放題、今の世の中、右も左も真っ暗闇じゃござんせんか。
何から何まで 真っ暗闇よ
筋の通らぬ ことばかり
右を向いても 左を見ても
馬鹿と阿呆の 絡み合い
どこに男の 夢がある
 好いた惚れたと けだものごっこが罷り通る世の中でございます。好いた惚れたはもともと「こころ」が決めるもの ・・・ こんなことを申し上げる私もやっぱり古い人間でござんしょうかねえ。
ひとつの心に 重なる心
それが恋なら それもよし
しょせんこの世は 男と女
意地に裂かれる 恋もあり
夢に消される 意地もある
 なんだかんだとお説教じみたことを申して参りましたが、そういう私も日陰育ちのひねくれ者、お天道様に背中を向けて歩く ・・・ 馬鹿な人間でございます。
まっぴらご免と 大手を振って
歩きたいけど 歩けない
いやだいやです お天道様よ
日陰育ちの 泣きどころ
明るすぎます おいらには
 当時、NHKから「公共放送で流すことは好ましくない曲」とされたことに激怒した鶴田は、以後NHKへの番組出演を「男たちの旅路」に出演するまでの約6年間に渡って拒否し続けたという。蛇足ながら付け加えれば「傷だらけの人生」はまた赤塚不二夫のギャグ漫画「天才バカボン」に登場するバカボンのパパの愛唱歌でもある。かく想起すれば、現代社会世相の様相は、当時にして、すでに世に発現していたことになる。だがかくなる時代を風靡した鶴田浩二も、藤田まさとも、吉田正も ・・ また赤塚不二夫も ・・ ともに今は亡い。暗澹たる事態のみがこの現世(うつしよ)にのこされたのである。

2016.05.10


copyright © Squarenet