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未知なる時空を訪ねる旅の途中でめぐり逢った不可思議な風景と出来事

知的冒険エッセイ / 時空の旅
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あなたが医者である限り僕の言葉は絶対だ!
 テレビドラマ「フラジャイル」で主人公の青年病理医、岸京一郎の決めゼリフである。フラジャイル(Fragile)とは「壊れやすい」「もろい」「はかない」「かよわい」等の意味をもち、語源はラテン語で Fragility 「割れやすい」からきているという。
 病理医とは、主に大病院などに勤務して病理診断を行う医師のことで、病理診断とは、患者の臓器から採取された細胞を顕微鏡などで調べたり、CTスキャンで撮影された画像を分析したりすることを言う。病理医はこれらの分析データから病気の原因を明らかにし、適切な治療方法を判断する。病理医は通常の医師(臨床医)のように直接患者を治療したり、手術を行うことはなく、病理診断の結果を踏まえて担当医に適切な助言をすることが仕事である。だが患者に直接治療しないとはいえ、診断ミスすることは許されない大きな責任を負っている職種である。
 ドラマはご都合主義的な治療に終始する臨床医の怠慢と愚行を容赦なく裁断する完全主義者である病理医、岸京一郎を中心にして展開する。物語の佳境で発せられる「あなたが医者である限り僕の言葉は絶対だ!」という神の如くの「断言」とともに事件は解決するという痛快無比なドラマである。
 それにしてもこの青年病理医の傲慢とも思える自尊心と自負心はどこからくるのであろう ・・ もしこれが、この青年病理医自身からくるとすれば、まことに鼻持ちならない若者ということになるが、おそらく、この絶対的自信は自らの内にあるものではなく、彼が信じる外なる「何か」に支えられての自信であろう。それは人間存在を超えた「絶対的な存在」であるようにみえる。
 かって第375回 「宇宙の天秤」で私は以下のように書いた。
 この世には事の是非を測るに「ふたつの天秤」がある。 ひとつは「人倫の天秤」であり、人間社会での善悪や正邪が測られる。 他のひとつは「宇宙の天秤」であり、人間社会を包含する宇宙の真実や真理が測られる。
 人倫の天秤は人間の倫理観から作られた天秤であるため、時間軸に添った「時代」により、また空間軸に添った「場所」により、その測定結果は異なる。 しかし、宇宙の天秤は、宇宙の真理から作られた天秤であるため、時間軸にも空間軸にも影響されることなく、いかなる時代でも、またいかなる場所でも、その測定結果は同じである。
 人倫の天秤は人間の意思が測定結果に影響を与えるが、宇宙の天秤は人間の意思に何等影響を受けない。 このため人倫の天秤の測定結果は、えてして「不公平」である。 人間社会の特異性は、この人倫の天秤による不公平な測定結果にあると言ってもよい。 人間社会に生きる我々の消費エネルギの多くが、この人倫の天秤による不公平な測定結果を「改ざん」し、また時として「ねつ造」するために費やされてしまう。
 これに対し、宇宙の天秤はおそろしいほどに「公平」である。 時代や場所を選ぶことなく、また人間の意思にも左右されず、測定結果は同じである。
 換言すれば、人倫の天秤は「相対的天秤」であり、宇宙の天秤は「絶対的天秤」である。
 我々は、この相対と絶対のふたつの天秤の使用限界と性能を充分に理解し、適宜に使い分けることが必要なのだが、現代社会では相対的な人倫の天秤のみが重要視され、世の大道は、人倫の天秤を抱えた群衆で混雑し、その測定結果を改ざん、ねつ造する人々が大手を振って闊歩している状態である。 しかしながら、この状況では、我々は決して「心の安らぎを得る」ことはないであろう。 なぜなら、人倫の天秤の測定結果は、いついかなる状況で急変するかが予測できない。 一夜にして天国から地獄に突き落とされるかもわからないのである。
 我々が本当の心の安らぎを得ようとしたら、宇宙の天秤を使用することである。 なぜなら、宇宙の天秤の測定結果は、いついかなる状況でも変化することなく「絶対的公平」であり、安定した生活が保証されるからである。 だが宇宙の天秤は絶対的公平であるがゆえに、また是非もない「非情の天秤」でもある。 強いものが勝ち、弱いものが負け、多いものは多く、少ないものは少なく、在るものはあり、無いものはなく、心臓が止まれば人は死ぬことを明らかにする。 その測定結果に影響を与えるものは真実と真理のみであって、それ以外の何ものでもない。
 我々現代人は、そろそろ人倫の天秤に対する傾斜した価値観を転換し、かっての古代人が大切にした宇宙の天秤に回帰しなければならない段階に来ているのではなかろうか ・・? 思わせぶりな脚色も、追従笑いもいらない ・・ 宇宙はただそこに在り、時が刻々と経過しているのみである ・・・。
2003.12.04
 勿論、青年病理医の絶対的な自信は「宇宙の天秤」に支えられた自信であることはまぎれもない。ご都合主義的な「人倫の天秤」にすがっているくだんの臨床医の相対的な自信ではもとより勝負にはならなかったのである。だがこの構図は何も医療界に限られたものではない。昨今の世相を鑑みれば、政界にしてしかり、経済界にしてしかり、学界にしてしかり ・・ しかりであって、惨状は目を覆うばかりである。 あるいは青年は以下のように断言したかったのかもしれない。
あなたが人間である限り僕の言葉は絶対だ!
第921回 「三界の狂人は狂せることを知らず」へ続く >

2016.03.15


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