Linear 未知なる時空を訪ねる旅の途中でめぐり逢った不可思議な風景と出来事
知的冒険エッセイ / 時空の旅
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信用浮沈のメカニズム
 恋愛中の若いカップルの話である。2人はつきあっていたが彼女は彼のいいかげんさがいつも気になっていた。約束は10中の内8は守らない、服装はだらしなく、優しい言葉をかけてくれるでもない。
 ある日、2人がドライブしていたときのことである。車が行き交う道路を渡ることができずに途方に暮れて路傍にたたずむ老婆の姿を認めるや、どういう風の吹き回しか彼は車を急停止させて渡らせてあげたのである。この一事が彼女の気持ちを180度回転させてしまう。どうしようもない人と思っていた彼が、こころ優しい誠実なる青年に変身してしまったのである。これがきっかけとなって彼女は彼との結婚を決意する。人に対する信用とは得てしてこのようなものである。

 先入観として悪いと思っていた者が、ちょっといいことをすると過大に良く評価され、いいと思っていた者がちょっと悪いことをしただけでそれまで営々と築いてきた良いとする評価が一瞬に灰燼に帰し悪い人に堕ちてしまう。この相転換メカニズムは非可逆的であって、悪いから良いへの転換の方が、良いから悪いへの転換よりも有利に作用する性質がある。

 99の悪いことが1の良いことで浄化されてしまうに対し、逆に99の良いことが1の悪いことで汚濁されてしまうのである。数学的合理性で考えれば99の良いことをした者の方が評価されていいようなものであるが、人間の評価は非合理的であってそうとはならないのである。

 俳優、火野正平が自転車で津々浦々を旅する「にっぽん縦断 こころ旅」というNHKの番組の中で「最近は、いい人になっていくようで恐い・・」と神妙な顔をして心情を吐露していたが、彼などもこの「ご利益」に恵まれている者なのかもしれない。彼は経験上、良い人を貫き通すことがいかに大変なことであるかを知っているのである。ゆえに、悪き人(?)を装って今まで自由に生きてきたのであろう。彼の「恐い」とは、その自由が奪われ、終生に渡って良い人を演じなければならぬことへの戸惑いであり、より言えば、それが自分にできるのかどうかの不安感であり、怖れである。

 以上の「信用浮沈メカニズム」はいかなる人であっても忌わの際まで悪評を逆転させる可能性がのこされていることを教えてくれる。人生はそう捨てたものではないのである。但し、反例として加えれば、終生に渡って良い人を貫き通すことで信用を勝ち得る人も勿論いる。「打算から生まれた真実(第456回)」に詳しい。
2013.08.26

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