Linear 未知なる時空を訪ねる旅の途中でめぐり逢った不可思議な風景と出来事
知的冒険エッセイ / 時空の旅
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君の歌は破綻していない
 かって関西学院大学社会学部で教授をしている宮原浩二郎君(あえて君というのは彼は教授と言われることを好まないため)と松本市にある、小さなスナックで飲んだ時のことである。その頃はまだ日本経済も活気に満ちていて店内は空席がないほどに繁盛していた。
 カウンター席で飲んでいた私たちの隣席では少々酩酊状態の青年たち3人がカラオケで気勢をあげていた。その内の1人の歌に対して宮原君が「君の歌は破綻していない」と言ったのである。言われた当人は目を丸くしていたが、しばらくしてまんざらでもない表情を浮かべた。
 彼の歌は右にふらふら、左にふらふら、行きつ戻りつ、あたかも断崖絶壁の稜線をかろうじて渡っているような危うさであったが、決して足はふみはずさないものであった。さらにその乱調子が歌唱に独特な情感を醸し出し、いうなれば「聴かせる歌」となっていた。その状況を宮原君は「君の歌は破綻していない」と評したのである。
 破綻しているかいないかは「重要なポイント」である。奇才ビートたけしの過激なつぶやきは破綻しているようで決して破綻していない。名だたる政治家の整然たる演説は破綻していないようでまったく破綻している。私のような人跡未踏の荒野を拓く開発型の人間にとっては、この破綻しているか否かは「生命線」である。時としてそのぎりぎりを歩かなければならないが破綻してしまっては何もならないのである。もちろん宮原君もその線上を歩いている者である。ゆえに教授は「君の歌は破綻していない」という最高の讃辞を彼に授与したのである。
 老婆心ながら付け加えておくと、「破綻」と「矛盾」は似て非なるものである。それは矛盾していても破綻していないということもあれば、矛盾していなくとも破綻していることがあるからである。つまり、破綻とは、矛盾という論理性をも超えた、思考中枢の本質的概念にもとづいているのである。

2011.9.08


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