Linear 未知なる時空を訪ねる旅の途中でめぐり逢った不可思議な風景と出来事
知的冒険エッセイ / 時空の旅
Turn

 甲斐の武田信玄の宿敵は越後の上杉謙信であった。
 両雄相並び立たず、両者は幾度となく軍を発し、激しい戦いを演じた。

 甲斐の武田信玄の旗印が「風林火山」であったのに対し、越後の上杉謙信は北方の守護神(軍神)であった毘沙門天から採った「毘」をその旗印にあてた。そして謙信自らは「毘沙門天の化身」であると信じていたのである。

 信仰心と正義感に溢れ、清廉潔白な人格であった謙信は、戦史上最も劇的と言われた「川中島の戦い」に出陣するにあたって、独り毘沙門堂にこもり戦勝を祈願した。

 ・・・今度こそ、極悪人、信玄を討たせたまえ・・信玄は信濃の平和を乱し、実父、武田信虎を追放して家督を奪い、その義弟、諏訪頼重を殺し、その娘をてごめにし、信濃守護、小笠原長時や、北信濃領主、村上義清らを追い、信濃の大半を我がものにした・・ 罪なき多くの人々が彼の欲望のために不幸になり、死んでいった・・小笠原や村上らは、我を頼り、我は正義のために信玄と戦い始めたが、いまだに信玄を滅ぼすことができない・・正しき者は、救われなければならず、壊れた秩序は取り戻さなければならない・・どうか、我に力をお貸しください・・我が軍に大勝利を、そして大悪人信玄に、何とぞ天誅を・・・

 現実(実戦)の万物事象を制する羅針盤として、毘沙門天の神通力に倣った謙信であってみれば、従軍した士卒は、謙信の一挙手一投足の中に、毘沙門天の風姿と神威を観たに違いない。

 畢竟。謙信の強さとは、一個の人間が発する強さではなく、その人間が、神に昇華(化身)したところから発する強さであったということができる。

2005.5.23

copyright © Squarenet